聖女の哀しみ


聖女の哀しみ

「遠征女帝の再来」 陛下は、そう呼ばれている。 遠征女帝。五百年も昔の、陛下の先祖。王国の礎を築いた英雄。 陛下は、その血を色濃く受け継いでいるという。瞳の色、髪の色、容貌まで生き写しとのことだ。 とはいえ、そんなことは私には関係がなかった。 ただ、身分卑しい他国からの亡命者である私を採り立て、重用してくださる陛下に感謝はしていた。 陛下の即位した二年前、元老は言ったという。 陛下こそは、末代まで語り継がれることになる、真の英雄となられるお方だ、と。 その予見は的中した。 名君として知られた先代国王の遺志を継ぎ、陛下は王国を、かつてない繁栄へと導いた。 大陸に覇を唱え、王国の意志、陛下の意志が、世界に少なからぬ影響を与える。 街に、村に物資が充ち、国庫には金銀があふれている。 民を愛しみ、貧しき者を救済し、慈愛に満ちた政を執る陛下は、いつしか聖女として広く衆庶に慕われるまでになっていた。 民の笑顔。貴族の信頼。参事会の結束。諸外国の尊敬。二十歳にもならぬ少女は、数々の偉業を成したのだ。 だが陛下は、まだ知らないことがあった。知らねばならないことがあった。 陛下は初めての親征から戻られた。 長年王国を脅かしてきた敵国を滅ぼした、激しい戦いから戻られた。 王都は、凱旋する陛下を称え、歓喜に包まれていた。 だがそんな中、馬上より笑顔で民に手を振る陛下の瞳には、うつろな光が閃いていた。 陛下は見てしまったのだ。 王国の繁栄の足元に埋まる、他国の民の骸の山を。 陛下は聞いてしまったのだ。 歓喜の声にかき消されそうな、名もなき者達の嘆きの歌を。 王宮の中庭、聖堂の前。傾いたあかがねいろの陽光の中に陛下は居た。 凱旋式の戦装束のままで立ちつくしていた。 その姿は、気高く、優雅で、そして悲愴だった。 私の気配に気がついた陛下が、こちらを向いた。 痛々しいほどの、悲しげな、切なげな表情。何事かを言おうと口をひらいた。 だが、そのことばはついに紡ぎだされることはなかった。 かわりに陛下は、私にむかって哀しく微笑み、そのまま宮殿へと消えていった。 夕日に映える陛下の後ろ姿が、ひどくはかなげにみえた。 その細い肩が「国家」に押しつぶされそうにみえた。 それでも必死に、自らの、宿命づけられた道を歩もうとしているようにみえた。 そのとき、私は決意した。 あのかたのために生きようと。あのかたの背負うものを、共に背負って行こうと。 忠誠。愛国心。使命感。そんなものではない。 動機はたった一つ。それもくだらないもの。 ただ、陛下の、本当の笑顔がみたいから。