「訓練風景」の続きです


微笑み


戦が終わった次の日は、快晴とはいかなかったが、まあまあのいい天気だった。

軍団司令部への伝令を届けた帰り道。俺は、早春の暖かい日差しの中を、街道沿いにゆっくりと飛龍を歩ませていた。飛ぶのが仕事の飛龍とはいえ、空に浮かぶのは存外体力がいる。たまには彼らにも楽な思いをさせてやるのもいいだろう。

吟遊詩人の物語なら、勝ち戦の最後というのは劇的な物と相場が決まっている。
だが、現実とは味気ない。
俺が昨日、戦勝の報を聞いたのは、後方の兵站基地で自分の飛龍に餌をやっているときだった。
知らせを持ってきたのは、ささやかな小部隊を率いている俺の、数少ない部下。
今俺の前で、飛龍に乗っている娘だ。
緩やかに流れる薫風に見事な金髪をなびかせる彼女は、上手に飛龍を御して、すれ違う兵士や障害物をかわしていた。その整った顔は、以前よりもだいぶ凛々しくなっているように思えた。

彼女と出会ったのは、戦が始まって間もなくのころ。
定数を割っていた俺の部隊に、補充兵として配属されてきたのだ。
第一印象は、「こんなお嬢ちゃんに戦ができるのか」という、あまり好意的なものではなかった。
『飛龍の空中での扱いには天性の才能を持つ。ただし地上での扱いにはさらに努力を要す』
その両極端な技量報告を読んで、おもわず失笑したものだ。

いざ戦いに出てみれば、やはり新兵は新兵。俺の予想よりはよくやったが、獅子奮迅の働き、とは程遠かった。
「初陣は誰だってこんなものだ。そんなに気にすることはない」
そう言う俺に向かって、彼女は泣きながら何度も「すみません」を繰り返し、彼女をかばったときにできた俺の腕の傷に包帯を巻いていた。

彼女は、強く優しく、健気だった。
どんなつらい状況でも弱音を吐かず、勇気を持って、果敢に戦いに身を投じていった。
そして戦いの修羅場の中でも、決して希望を失わなかった。
その姿に、いつしか俺は惹かれるようになっていた。

彼女と俺は、共に笑い、共に泣き、共に戦った。
彼女の偵察をもとに敵を奇襲し、大功をあげたこともあった。
皆で酒場に繰り出し、朝まで乱痴気騒ぎをしたこともあった。
(彼女は一杯めのワインに負けて、朝までテーブルに突っ伏して寝ていたが)
敵の使っていた魔物に捕らえられた彼女を、われわれだけで救助したこともあった。
戦いに負傷し倒されそうになっていたところを、彼女に助けられたこともあった。
そして俺も彼女も部隊の者も、皆生き残る事ができた。

敵は、一月ほど前に我が軍の主力と会戦し、壊滅した。
戦いの帰趨は、その時既に決まっていたといっていい。
以後の戦いは、無秩序に潰走する敵を追っての、気の滅入るような追撃戦だった。
そして彼らは国境の遥か北へと逃げ戻り、戦は終わった。
敵国は、軍団のほとんどを失った今度の敗戦で、致命的ともいえる敗北を被った。彼らが国力をすり減らした以上、当分は大きな戦いは起こらないだろう。
いまだに実感は湧いていないが、国へ還り、軍が平時編制に戻るころには、平和の空気を肌で感じることが出来るだろう。そして、戦の前と同じ、平穏な日々がもどってくるだろう。
だが今の俺にとっては、それはどんな財宝よりも価値あるものと思えた。
そして戦前ともう一つ違うことがある。それは俺の部隊に新しい顔が加わっていることだ。
金の髪の、小柄な娘。飛龍を自在に操る、女龍騎兵。その優しさで、何度となくわれわれを励ましてくれた少女。
今にして思う事がある。
彼女は、俺の部隊にとって、勝利の女神だったのではないか、と。

「どうしたんですか、隊長」
その声に、不意に現実に引き戻される。
「先ほどからずっと私のことを見ておられますけれど、何か?」
彼女が顔をこちらへ向け、いぶかしげといった風で俺を見ていた。
「いや、何でもない」
何事も無いような表情を装って、心の中では思い切り焦ってそう答えた。
「そうですか」
彼女はそういって、顔を前に戻す。

ふた呼吸ほどの間考え、さらにふた呼吸ほど逡巡したが、俺は彼女に声をかけた。
「これからも、よろしくな」
どうということのない、簡素な言葉。だが、今の素直な気持ちだった。
「はい、私の方こそ、よろしく願いします」
彼女は振り返り、返事をした。
そして、微笑んだ。
最高の笑顔だった。
俺は思わずそれに見とれた。
そのため、彼女に 気をつけろ と言い損ねた。

ばさばさばさ・・・
「きゃー!」

木の枝に突っ込んだ彼女は、木の葉まみれになった。

俺は苦笑しつつ、自分の飛龍を彼女の脇へ寄せると、髪に付いた木の葉を払ってやった。
彼女の微笑みに、平和の訪れを感じつつ・・・